「失敗を恐れない」 大学時代の挑戦から得られるもの

今、何か挑戦していることはありますか?
大学に入学し、1人暮らし、サークル、アルバイトなど、はじめて経験することが増えたことと思います。中には、長期休暇を利用して、1か月以上の実践的なインターンシップや留学など大きなことに挑戦したいと考えたことがある人もいるのではないでしょうか? 
この記事では1人の大学生のチャレンジから、大学在学中に挑戦することの意味を掘り下げていきたいと思います。

チャレンジのまち・雲南

島根県雲南市は、人口約3万7000人の自然豊かなところです。高齢化率は、36.8%と日本全体の高齢化率28.4%に比べて高く、日本全体の25年先を行く課題先進地域と言われています。

この雲南市では、抱えている課題をテーマに、子どもから大人まで多くの人がチャレンジしています。中でも雲南コミュニティキャンパス(以下U.C.C)では、全国の大学生が雲南市をフィールドに、実践を通して様々なことに挑戦し、学んでいます。ここでは、U.C.Cのプログラムの1つである「スペシャルチャレンジ(以下スペチャレ)」について取り上げていこうと思います。(U.C.Cについて:http://www.co-unnan.jp/sp-ucc.php

スペシャルチャレンジとは?

スペチャレは、中高生、大学生、若者等の学びと成長を後押しする、チャレンジを応援する事業です。雲南市内での地域課題解決をしていくための起業や創業を、ふるさと納税などの寄附を財源とした資金で支援しています。
大学生を対象としたスペチャレは、「雲南市内の地域課題解決に向けた活動」を通して、将来に向けて自らを成長させる学びや経験を得ようとする学生の研修やプロジェクトの実践に必要な費用が支援されます。
雲南市をフィールドに活動する大学生なら誰でも応募できます(詳しくはスペチャレHP:http://co-unnan.jp/special/)。
スペシャルチャレンジに参加した人がどのようなことをしてきたのか。実際にチャレンジした大学生にインタビューをしました。

地域とは何かを知るために

神奈川県川崎市出身の川合佑汰さん。山形県にある東北芸術工科大学で、コミュニティデザインというまちづくりの手法について学んでいます。

高校生まで川崎市で過ごした川合さんは、地域=田舎と考え、地域ならではのルールを勉強したいと思い、山形にある大学を選びました。しかし、大学に入ってからは下宿先と大学を往復する日々が続き、「まちづくりのリアルを体感したい」「第2のふるさとをつくりたい」といった川合さんの目標は達成されずにいました。 そんな川合さんにとっての転機は、雲南市にありました。
「雲南市を知ったのは、大学1年生の時に誘われて参加したU.C.Cの合宿でした。」
この合宿で活動する中で、雲南市なら自分の理想とする地域のつながりを体験できると思い、何度も足を運ぶようになりました。そして、スペチャレを活用し、地域とのつながりを体感するために、3年生になった2019年度に大学を1年休学し、1年間雲南市に移住しました。

休学という大きな決断

川合さんは、雲南市で活動するために大学を休学するという決断をしました。休学は、かなり大きなことで軽い気持ちできることではありません。そんな大きな決断を川合さん自身はどのように考えていたのでしょうか?
「休学することに対する抵抗はほとんどありませんでしたね。」
そう語った川合さんですが、全く抵抗がなかったわけでもありませんでした。
− 2年間一緒に学んできたかけがいのない学科の同級生と同じ年に卒業できなくなる −
このことが川合さんの唯一の悩みでした。しかし、その悩みに勝る思いがありました。
「将来、まちづくりの仕事に就きたいと考えています。ここで学んでおかないと、俺は地域のことや地域の人の気持ちが一生分からないままだと思いました。そんな人がまちを盛り上げましょうと言っても説得力がないという危機感がありました。」
この危機感が、川合さんを突き動かしました。
「雲南にはおもしろいことがある。失敗しても絶対に自分の糧になると思っていました。」
川合さんの覚悟と恐れずに行こうという前向きな気持ちが伝わってきました。

温かく迎えてくれた地域の人々

前向きな気持ちを持って雲南市に行った川合さんは、地域を変えてくれるという期待からか、地域の人からかなり歓迎してもらっていました。川合さん自身も歓迎してもらえることにとても喜び、「自分が地域を変えるんだ!」とスペチャレへの熱が高まりました。
川合さんは、雲南市掛合町のみんたくAda-nという一軒家で管理人として地域を盛り上げるための活動を開始しました。空き家だったみんたくAda-nを利用して、地域を盛り上げるためにアダーンライブという音楽イベントを企画しました。雲南市内からライブをしてくれるアーティストをゲストとして招き、町民と一緒に夜の掛合を盛り上げました。都会ではない小さな町でのライブですが、初開催の5月1日には30人の観客を集めることができ、順調な滑り出しに手ごたえを感じたそうです。

しかし、6月に行った第2回の観客は22人と減少し、8月に行った第3回はついに観客がいなくなってしまいました。手ごたえを感じていたはずのアダーンライブに人が集まらなくなったのです。

自分に何ができるのか

町の交流センターに通っていたある日、川合さんに対して「何をしているかわからない、町にいることに違和感あるよ。」という町の人がいたそうです。日常会話の中の一言でしたが、川合さんの心には深く刺さり、かなり落ち込んでしまいました。自分のスペチャレを応援してくれている交流センターの職員さんの負担も肌で感じられるまでになっていました。町を歩いていると、川合さんを知らない人から「あの人だれだろう?」と見られているるように感じ、人の目が気になりはじめ、自分の存在を良く思わないひとがいるのではないかと川合さんは人間不信になってしまいました。自分はこの町で本当に必要とされているのかと不安になり、川合さんにとってとても辛い時期でした。
そんな中で地域の子どもたちに月に1回、15分程度ではありますが本の読み聞かせをしていました。その読み聞かせで子どもたちやその親御さんたちと交流が広がったといいます。
「子どもたちが接してくれたことで気持ち的にかなり救われました。」
1度実家のある神奈川県に帰省し、地元の先輩に相談しました。話をする中で「たった1年、たった1人では自分が思い描いていたほど何もできない」と気づき、今自分にできることをやろうと吹っ切れたそうです。

今自分にできること

雲南に戻った川合さんがまず考えたことは「なぜアダーンライブに地域の人が集まらないのか」です。元々川合さんが雲南に来る前のみんたくAda-nという場所は、運営メンバーが「自分たちのやりたいことをやる場所」という地域の人が集まることが目的ではない場所でした。つまり、地域の人からの印象は「よくわからない場所」だったのです。
『「よくわからない場所」で川合という「よくわからない人」が「よくわからないこと」をやっているらしい。』
そんなよくわからないことだらけの場所に、たくさんの人が集まるはずないと川合さんは気づきました。みんたくA-danを知ってもらう前に「1人の大学生の川合」としてまず掛合で受け入れてもらう必要があるとわかりました。そのために「まず掛合の人と仲良くなりたい。1年で思い描いていたより何もできないなら、1年目は掛合の人に受け入れてもらう期間にしよう。これから継続的に掛合にかかわってやりたいことをするための第1歩にしよう。」と思ったそうです。

自分が掛合にできること

掛合のような小さな町は町民同士の距離が近く、日常的にあいさつをしているからこそ、あらたまってコミュニケーションをとる場所や機会があまりないことがわかりました。町民同士がお互いのことをより深く知ることで、交流がさらに増え地域が活性化するのではないか。そう考えた川合さんは、川合さん自身やほかのプロジェクトで掛合に関わっている大学生を、町の人々のコミュニケーション材料として使ってほしいと思うようになりました。

「川合」をたくさんの人に知ってもらって

U.C.Cのイイトコ発見プロジェクトに積極的に参加し、ほかの大学生や地域の人と関わりました。プロジェクト以外にも地域の行事や夏の自主学習教室に顔を出したり、クリスマス会を行ったりと掛合の子どもたちとも交流を続け、少しずつ掛合の人に川合さんの存在が認知されるようになりました。
島根大学の学生と行った島大生合宿では、掛合の自然を活かしたキャンプを企画したり、障がいを持った子どもたちとその親御さんたちが安心して話せる場所や機会をつくったりといった企画を進めました。そのための準備や自主イベントを行うことで、いろいろな大学生が継続的に掛合に関わる仕組みを作ることができました。
川合さんは得意なデザインを活かして地域で行われるイベントのチラシや掛合の防災ポスターを制作することもありました。

↑川合さんがつくった掛合自治振興会の防災ポスター
地域の人と交流を続けた結果、掛合で川合さんの活動が徐々に知られるようになり、1度は観客が0人になってしまったアダーンライブも10月に行った第5回で過去最多の50人を集めることができました。
また、1年間のチャレンジで市内でチャレンジしている別の大学生とシェアハウスで一緒に暮らしていたこともありました。
「一緒に有名アーティストのライブに行ったり、福岡まで遊びに行ったりもしましたし、それぞれのチャレンジについて夜遅くまで語ることもありました。」
取り組んでいることは違っても雲南市で何かしたい、雲南市を盛り上げたいという気持ちは共通していました。シェアハウスでの生活もチャレンジ中の川合さんを支えた要因でした。

第2のふるさと掛合

当初の目的の1つでもあった地域とのつながりを持ち、地元以外に帰れる場所をつくれたことが大きな成果だったそうです。
「人と人とのつながりや地域の現状を知れて本当に満足のいく経験ができました。掛合の人が好きだから掛合に何かしたい。こちらが何かしてもらったらその恩をまた返していきたい。そうしてできた恩を回すサイクルがとても大切だと思っています。」
そう川合さんは語りました。地元以外で帰ったらおかえりと言ってもらえる掛合は、川合さんにとってかけがえのないふるさとになりました。相手がどうしたら喜んでくれるのかを常に考えて行動していたので、相手の気持ちを考えることが得意になりました。
その特技を活かして、現在は復学した大学でデザインを学びながら「天パデザイン」という会社を起業した川合さん。チラシ・ロゴのデザインをする会社で、地元のポスターを担当するなど大学での学びやスペシャルチャレンジで挑戦したことを活かして活動されています。
「デザインを通して人と人とのコミュニケーションがうまくできるようになればいいなと思いました。」
そう川合さんは語りました。

失敗を恐れない

インタビューの最後に、川合さんは何かに挑戦しようとする私たち大学生にエールを送ってくださいました。
「大学生という自由な立場だからこそ失敗できます。何かやる前から失敗を恐れて何もしないのはもったいないし、やりたいことをやったほうがいいと思います!」
スペチャレの1年間でたくさん悩み、失敗し、それを乗り越えてきた川合さんの言葉は、力強く、説得力があり、私たちの背中を押してくれています。

編集後記

インタビューでは、インタビュアーの私たちが川合さんにかなり助けられました。とても気さくな方で、インタビューの最初はお互いの地元や島根県の話でかなり盛り上がりました。川合さんのお話からは掛合愛がたくさん伝わってきて、1年間うまくいったことも、うまくいかなかったことも含めて、掛合町に対して真剣に向き合ってきたことが分かりました。
また、大学生のうちに実社会に出て挑戦することの面白さを感じました。何度も失敗し、悩み、そしてそれを乗り越えていった経験が、次に何かやるときの自信につながることを教えていただきました。実社会での挑戦に限らず、勉強、趣味、恋愛などにおいても、失敗を恐れずに前向きに挑戦していきたいと思いました。
『恐れずに一歩踏み出すことで自分の殻を一つ破ることができる』
このことが、インタビューに答える川合さんの言葉から伝わってきました。 
皆さんも大学生という貴重な時間を活かして、何か挑戦してみませんか?

追手門学院大学心理学部心理学科 佐藤樹香
島根大学総合理工学部地球科学科 竹屋幸秀